なないろのあめ

七色の魔法の杖を持って、この世界に花を咲かせよう。歓びの歌を響かせよう。

もやもやしている気分をよくする10の方法

私は以前、

自己否定にとらわれたり

人から嫌なことを言われたり

誰かにハラが立ったり

落ち込んだり

自己嫌悪にはまったりすると、

 

モヤモヤして

何もできなくなって

なんどもなんども

おんなじことを繰り返し考えて

体も動かなくなって、

 

下手すると

そこから何ヶ月も

出られないことがありました。

 

でも今はそんなことは

ほとんどなくなった。

ひきずらなくなりました。

 

気持ちを切り替えるやり方を

自分なりに模索していって。

 

何か嫌なことがあっても

気分転換する方法を知っているからです。

 

 

いろいろなやり方があるのですが、

ここでは、私がいつもやっている

10のやり方をご紹介します。

 

 

その1

日帰り温泉に行って思い切り汗を流す。

 

 

私はサイキックな友人が多いのですが、

これが一番いいとみんな言いますね。

特に他人からの影響を受けた時には。

 

温泉に1分でも浸かっていれば

疲れがとれると。

 

私もちょっとモヤモヤしたときには

丸一日空けて

日帰り温泉に行きます。

 

露天風呂につかって、空を眺めていると

嫌なことがとけて流れて行くような感じがする。

 

汗をたくさんかくくらいまで

浸かっているのがオススメ。

 

のぼせないように

何度も出たり入ったりしてね。

 

 

 

その2

日帰り温泉に行く時間がない時は、

家のお風呂で半身浴をする。

 

 

日帰り温泉に行く気力も出ない時は、

よく半身浴をやっています。

 

半身浴というのは、

胸から下くらいの高さの

ぬるめのお湯に汗が出るまで入ること。

(「半身浴」でググってみてね)

 

粗塩をひとつかみ

お湯に入れたりすると

なおいいですね。

(市販の入浴剤は人工香料などが入っているので

あまりおすすめできません。)

 

湯船に浸かっているときに、

頭のてっぺんに粗塩をひとつかみ

のせておくのもグッド。

チベット医学式やり方)

 

粗塩がとけてきたら、

その塩でお風呂に浸かったまま

頭頂やこめかみやこめかみの周辺を

粗塩でマッサージしてみてください。

 

 

 

その3

スパイスの利いた料理を食べる。

 

 

これ結構効きます。

辛めのインド料理とかタイ料理とか。

 

スパイスは代謝を促す効果があります。

代謝を促すってことは

エネルギーを流すってこと。

 

汗をかくのもそうだけど、

エネルギーが流れるっていうことは

とどこおっていたモヤモヤも嫌な気分も

動き出すってことなんです。

 

 

 

その4

時間をかけて料理を作る。

 

 

たっぷり時間をかけて

手の込んだ料理を作るのもおすすめ。

 

これはなんでだろうな。

 

私の感覚では、

野菜を切ったり刻んだりしていると

野菜からエネルギーを

もらっているような感じがするんです。

 

刻んだ野菜をコトコト煮込んでいると、

野菜のエネルギーがスープになり、

それを飲むと野菜の甘みが自分の細胞の

ひとつひとつに浸透していって、

自然(野菜)が自分を助けてくれるような感じがします。

 

私はインド料理を習っていたことがあるので、

たくさんスパイスを使って料理すると

一石二鳥。

レストランでは

そんなにたくさんスパイスを使ってくれませんので。

 

インド料理を習ってみるのも、ありかもね。

 

 

 

その5

マッサージを受ける。

 

 

自分でお風呂をわかしたり、

料理を作ったりする気力のない時もあります。

そんな時は他力本願。

私はマッサージを受けに行きます。

 

アーユルヴェーダとか

アロマを使ったオイルマッサージとか

タイ古式マッサージとか。

 

1時間くらいたっぷり、

オイルやアロマを使って全身をマッサージしてもらうと

だいたい私は熟睡しちゃいます。

 

これもエネルギーを流す効果があるんだと思う。

 

人にやってもらうってやっぱり早い。

自分の体をとても丁寧にケアしてもらうって

自分の体とつながりやすくなる感じがする。

 

ちょっとした疲れとかは

リフレクソロジーをやってもらうことが多いです。

 

 

 

その6

少し気力がある時には海に行く。

 

 

海ってやっぱり浄化作用がすごい!

そもそも塩水だし。

 

夏だったら水着を持っていって海の中まで入るけど、

冬の海を見ているだけでも内側から癒されてく。

 

私が好きなのは、

海が見えるレストランを予約して

ちょっとしたものを食べながら

一人でワインやシャンパンを飲むこと。

こういう贅沢を時々自分にプレゼントしてあげるのも大事。

 

江ノ島の上の方に、海が一望できるレストランがあるはず。

(調べてね)

そこは本当に「気」がいい。

 

江ノ島に行ったら、

ついでに江ノ島神社に行くとか。

 

一日だけの小旅行をしてみると、

それだけで随分気分が変わります。

 

 

 

その7

とにかく自分の好きなことをする。

 

 

イヤなことに自分の気持ちがフォーカスしているのを、

好きなことにフォーカスし直すということです。

 

でもこれが習慣化していない人には

なかなかうまくいかないかも。

そもそも自分が好きなことって何?って

わからない人もいるかもしれない。

 

なのでオススメは、

元気な状態の時に、

名刺くらいのサイズのカードに

自分の好きなことや

これやると元気になるみたいなことを

1枚につき1項目を

書き出しておく。

 

このアーティストの絵を見る。

この料理を食べる。

ここに行く。

このゲームをする。

など

など

自分にとっての

パワースポット的な

自分にパワーを与えてくれるものを

書き出しておく。

 

そして気持ちが落ち込んだ時には、

そのカードを裏返して、

そこから一枚引いてそれをやってみる。

 

カードを引いて自分が元気になることを

順番にやってみる。

 

気力がある時に

このカードを作っておくというのが

コツですね。

 

 

 

その8

自己批判の言葉の後に「なんちゃって」とつける。

 

 

自己批判や自己否定の言葉が

自分の頭の中で

繰り返し流れていることってないですか。

 

えんえんと

なんであんなこと言っちゃったんだろうとか

なんで私はこうなんだろうとか

こんな自分が嫌いだとか

そういう言葉が止まらない時。

 

そんな時は、

それらの言葉の最後に

「なんちゃって」とつけて言ってみてください。笑

 

例えば

「私はどうしてこんなにダメなんだろう。なんちゃって」笑

みたいな感じで。

 

自分で自分を否定した言葉を、

「なんちゃって」と打ち消すわけです。

 

簡単だけど、効果あり。

 

 

 

その9

怒った後に笑ってみる。

 

 

怒りが止まらないことってありませんか。

(私はよくあります。笑)

 

怒りを抑圧しても

いいことはありません。

一人の時に

言葉にして出しちゃいましょう。

 

例えば、

○○さん、ほんとムカつく!ばかやろー!とか。

 

ただし、注意事項があります。

 

それをやっていると

怒りにますます火がついて

怒りが止まらなくなることがあるんです。

 

なので、

「○○さん、ほんとムカつく!ばかやろー!」

と言った後には、

必ず笑ってみてください。

 

「○○さん、ほんとムカつく!ばかやろー!あはははははは」

みたいに。笑

だんだん怒るのさえばからしくなってきます。

 

笑うのも習慣なんですよね。

日頃、笑い慣れている人は、

けっこう何でも笑い飛ばせる。

 

私は笑いヨガリーダーをやっていて、

この春から

地域でも笑いヨガのサークルを始めますが、

笑いヨガをやってみるのもひとつの手ですね。

 

 

 

その10

モヤモヤや感情を、箱に入れて爆破する。

 

 

最後のやり方は

ちょっと難易度が高いです。

イメージを使うやり方です。

 

まず、目の前に

小さな箱をイメージします。

 

イメージでその箱のフタをあけて、

自分のなかにあるモヤモヤやイヤな感情を

すべて入れてしまって、

しっかりとフタを閉めてください。

 

そうしたら

その箱をなるべく自分から遠いところに置いて

その箱の下にダイナマイトをつけて、

ダイナマイトごとその箱を粉々にしてしまってください。

粉々になった箱は金色のニュートラルな粒子になって、

本来あるべきところに帰っていきます。

(もちろんすべてイメージの中で行います。)

 

 

「その10」は、

私がお話会やワークショップなどで

お伝えしている方法です。

 

このへんのやり方を

もっと詳しくお知りになりたいという方は、

ぜひお話会やワークショップへ。

(開催する時は、今後はこちらのブログでも告知していきます。)

 

 

 

最後に

 

 

どうでしょうか。

自分でも使えそうな方法はあったでしょうか。

 

頭の中だけでもんもんと考えてみても

そこから抜け出すことはなかなかできないので、

何かひとつでもいいからぜひやってみてください。

 

あ、そうだ。

激しい運動をして汗を流すのもいいですよ。

 

私はダンスが好き。

型があるとうまく踊れないので、

例えばズンバとかボクササイズ系の

あんまり考えずに好き勝手に踊れるものを

週一くらいで、ジムでやっています。

 

走れる人は、走るのもいいですね。

 

 

 

上記の方法はどれも効果はあるんですが、

だけど所詮は対症療法でもあります。

 

その場では気持ちを切り替えることができても、

またすぐに同じ状況に陥るのであれば

自分自身の認知に問題があるのかもしれません。

 

例えば、

自分は何をやっても人に嫌われるとか

自分は愛される価値がないとか

思い込んでいれば

幸せな気分になりにくいのは

一目瞭然でしょう。

 

そんな時は是非

私のダイアローグセラピーを

試してみてください。

 

自分を生きにくくしている

どんな思い込みがあるのかを

対話を通して見ていき、

それを手放すためのセラピーです。

 

根っこにある信念や思い込みや

認知の仕方を変えてしまえば、

ちょっとしたことでは落ち込まなくなります。

 

 

最後は宣伝になっちゃった。笑

でも、まずは10の方法を試してみてね。

 

 

………………………………………………………………


「心と魂を調律するダイアローグセラピー」

人はそれぞれ独自の周波数を持って生まれてきます。

その周波数はあなただけの独自のもので、この地上にひとつだけの周波数です。

すべての人がそれぞれオリジナルの音(周波数)を持っていて、それが響き合い、交響曲のような美しい音楽を奏でているのが地球だと私は思っています。

その響きを思い出し、本来の自分にしか奏でられない音を奏で、自分にしか歌えない歌を取り戻すための三回セッションです。
(歌とか音とかはもちろんメタファーですが、つまり、自分の魂の個性を思い出すためのセッションです。)


1時間のセッションをスカイプを使って3週続けて行い、ダイアローグ(対話)とエネルギー調整で、自分が自分の人生の創造者であることを思い出していきます。

毎週1回スカイプでセッションし3週連続。

3回で2万円(事前振込)。

Seikoと日程調整して行います。


*単発で7000円でもお受けしますが、3回連続で受けることをおすすめします。
3回終了した方が単発で受ける場合は、1回5000円になります。

詳細、お申込み、お問い合わせは

下記をご覧ください。

https://ameblo.jp/seikokt/entry-12436624601.html

診察室から出て、社会的問題解決のために奔走した精神科医・斎藤学氏のこと

20数年前に

ありとあらゆるセラピー技法を、

つまみ食い的に試していたことがある。

 

プロセスワーク、ハコミセラピー、バイオシンセシス

バイオエナジェティック、サイコドラマ、交流分析

ゲシュタルト、ロジャース、ユングフロイト、箱庭、ナラティブ……。

 

20数年前、

カウンセラーさえ珍しく、コーチはまだ日本にいなくて、

心に悩みを抱く人間や引きこもりは異常だと言われた時代。

(そんな時代があったこと、信じられますか?)

 

DVや児童虐待は家庭内の問題とされ、

そこで何が起こっても部外者は立ち入ることが難しかった。

 

カウンセリングを受けられるのは、

当時、精神科や心療内科を受診した人だけだった。

 

そういう状況を変えて、

セラピーを誰でも受けられるように門戸を開放し、

いろんなセラピーが世の中にはあるんだよと

日本に紹介していったのが、

我が師である精神分析医の斎藤学氏だ。

 

 

当時、ユング派ではもちろん河合隼雄氏がいたけれども、

彼はいろんな人がセラピーを受けられるように門戸を開いた人ではなく、

カウンセリングやセラピーを専門化しようとした人だと思う。

 

アダルトチルドレンという言葉と、

自助グループという在り方を世に広めた斎藤学氏は

摂食障害自助グループ「NABA」を作ったのは斎藤学で、

薬物依存の自助グループ「ダルク」を作ったのは斎藤学の患者だった人)、

そういう特権化をひどく嫌う人で、専門家主義を批判した。

 

 

斎藤学氏が運営していたクリニックには、

当時、さまざまな当事者やサバイバーや

ありとあらゆる人が日本中から集まっていた。

 

病気ではないけれど、生きにくい人。

精神科や神経科領域ではないから、

どこに助けを求めていいかわからない人。

 

DV、児童虐待、引きこもり、

差別やいじめやレイプなどなどの当事者、加害者、家族。

 

そういう人たちが日本全国から、

斎藤氏のところに集まってきていて、

互いの話を聞きあっていた。

(言いっ放し聞きっぱなしで

当事者同士が輪になって話を聞き合うのが、

さいとうクリニックのやり方だった。)

 

 

また、斎藤氏のクリニックでは、

デイナイトケアというシステムを使って、

最先端のセラピーを保険適用で好きなだけ

受け放題に受けられる仕組みを作っていた。

 

海外で学んできたけれども

仕事につながっていなかったセラピストの方々が、

ここを実践の場としていた。

 

そして私も、ここでありとあらゆるセラピーを、

保険を使って安く体験できたわけ。

 

 

 

フェミニストの人たちのことを悪く言う人たちがいるけれど、

何を知っていてわかったようなことを言うんだとハラが立つ。

 

誰も介入しなかったDVやレイプや児童虐待の問題を変えてきたのは、

フェミニストたちだ。

それを知らないで、表層的なところだけ見て、

男並みになろうとしている女達だとのたまう連中には苛立ちを禁じえない。

 

 

2000年に「児童虐待防止法」が制定される前、

斎藤学氏は手弁当で何度も国会に足を運び、

児童虐待防止法の制定に尽力した。

 

そもそも、医者であれば、子供が怪我で病院に運びこまれた時、

そこに親からの暴力があるとわかったはずだ。

だが、多くの医者は見て見ぬフリをした。

 

斎藤学は、

精神科医は診察室にこもって患者の治療だけしていればいい

という非難を受けながらも、

診察室から出て行って、児童虐待のことを世に訴え、

本を書き、警鐘を鳴らした。

 

 

DVの被害者が逃げこめる民間のシェルターを私費で作り、

働き場のない患者達をスタッフとして雇うために作ったのが

さいとうクリニックでもあった。

 

斎藤氏は患者から届く膨大な手紙にすべて目を通し、

一言メッセージを入れて返していた。

 

斎藤氏はよくこう言っていた。

「私はただのおじさんだ。あなたたちには力がある。

病はあなたの力の表れだ。」

 

私は斎藤学からこう言われた。

「ウツ?あなたはウツじゃないよ、治しちゃダメだ。

治したらあなたのエキセントリックな魅力がなくなってしまう」

 

 

私は「斎藤先生のこういう業績を本にして残した方がいいよ。私が書いてあげるから」

と言ったのだが、首を縦に振らなかった。

だから、いま、ここに書いた。

(インフルエンザの勢いで。笑)

 

 

私は、こんな治療者をほかに知らない。

彼は河合隼雄みたいにたくさんの本を残してない。

なぜなら、クリニックを立ち上げてからは、

患者と向き合う時間が多すぎて、

本など書いている時間がなかったからだ。

 

 

私は、斎藤学を、リスペクトする。

 

自己価値

自分には合う場所と合わない場所がある。
それでいいのだ。

以前は、たまたま合わない場所に出会ってしまうと、この世界には自分の居場所がないとまで思ってしまう自分がいた。

今の私を知っている人達から見ると、信じられないと言うだろが。笑

今の私は、合わない場に出会うとただ合わなかっただけと思う。(プラス、あすこはひどいぜと批判することも多し。笑)

これは多分、自己価値が上がったからだと思う。
だから、自己価値を上げるのは、本当に重要だなと。

自己価値が上がった今は、合わない場所に出会ってもそこに執着しないで、とっとと離れる。

執着せずに、恐怖を乗り越えていろいろな場に参加していろいろな人と出会っている内に、世の中にはいろいろな場やいろいろな人がいて、あの場はただ自分に合わなかっただけ、ということがよくわかってくる。

そのためには、やっぱり自己価値を上げていくことが重要なんだナ。

自己価値の上げ方も、おいおい、発信したり伝えていったりしたいなと思っている今日この頃ですが。

「力」にフォーカスして話を聴く

先日、話を聴くショート講座みたいなのに参加させていただいた。

 

こういう講座に出なくなって久しいが、関心をもった方がいて、この方はどういうふうに人の話を聴いているのだろうと知りたくて。

 

その方は、その人のニーズはなんだろうと思いながら話を聞いているのだと。
自分自身との対話でも、ニーズはなんだろうと思いながら対話する。


言葉やニュアンスは違うかもしれないけど、そんな感じ。

 

 

なるほど。

 

 


家に帰ってから、自分はどうやって話を聴いているんだろうと考えてみた。
(人の話を聴くことをもう十年以上もやっているので)

 

私は、目の前にいる人の「力」にフォーカスして話を聴いているのだとわかった。


つまり、目の前にいる人は神であり、創造者であり、また自分と対等な存在であると思って話を聴いているのだ。
(神という言葉はメタファーですが)

 

そうやって聴いていると、目の前の人はどんどん本当の力を思い出していく。
私が想像もしなかったやり方で。

 

 

この聴き方は誰かから教わったものではない。


セラピーだとか聴き方だとかではない、いろいろな学びをする中で自分が腑に落ちたことを、「聴く」ことに応用した自分独自のやり方で、こういう聴き方をしているのはもしかしたら自分以外にはいないかもしれない。
(結果として似たようなことをしている人はいるかもしれないけど)

 

 

自分も相手も神だと思っているから
(何度も言うけど神はメタファー)
対等だから
思ったことを結構なんでも言う。
善悪優劣の価値観をはずしているし、その人の力を信じているから。
でも、その場での主役が相手だということは絶対に忘れない。
自分の価値観を押し付けて、その人の力を奪ってしまわないことをいつも意識している。


(一対一で聴いている時は。場を作っている時はなるべく何も言わない。でもその時も、場や一人一人の力には意識を向けている)

 

 

いろんなセラピストやファシリテーターやいろいろな人と会い、違和感や嫌な思いを死ぬほどいっぱいして、自分はこういう聴き方をしてほしかったというのを自分で形にしてやっているともいえる。

 

 

だから
ニーズにフォーカスするというやり方は
自分の聴き方とは違っていて面白かった。

もう少し深めてみるかも。

生と死を考える読書会

明日は、生や死について考える読書会の2回目。
明日みんなで話すのは、森達也の『死刑』を読んで。
前回は田口ランディの『逆さに吊るされた男』だった。

今年、オウム事件関係の方々が死刑の執行をされ、死刑とはなんだろう、死とはなんだろうということを改めて考えてみたいというのがきっかけになっている。

こういう場でも作らないと、こんな重いテーマは考えたくないからね。
スピ的にワクワクとか引き寄せとか言って、思考停止になって、見て見ぬフリをして過ごした方がラクだからね。

だが、これは人ごとなのか。

人は死ぬ。必ず死ぬ。
金持ちも貧乏人も悪人も善人も必ず死ぬ。
ある意味、死ほど平等なものはないと言ってもいいかもしれない。

実父が9年前に死に、また同時期に高齢の愛犬2匹が死に、死はなんだろうと考え始めた。
だれか権威のある人や宗教者から「死はこういうものだ」と学ぶのではなく、目の前にいる人と語る中で自分にとっての生や死についてひとりひとりが言葉を紡ぐ場を作りたい。
そういう思いから場づくりやファシリテーションを学び、「死を考え学ぶ会」というのを立ち上げた。
死をタブー視するのではなく、まだ若い頃から死について語れる場を作りたかった。

人はいつか老いて死ぬ存在であるということを受け入れるということは、自分の中の弱さを受け入れるということだ。
自分の中の弱さを受け入れることができれば、当然のことながら弱者やマイノリティに対する眼差しが変わってくる。
他人ごとではなく、自分ごとになってくる。
いじめだって減るに違いない。
(いじめに関しては学校で子供が自分で考える対話の場や、ロールプレイがあったらいいとは思っているけど。そういう活動もやっていきたいなぁ。体がいくつあっても足りないけど)

話がそれた。

そう、今は読書会の話だ。


とにかく、前回の読書会が超面白かった。
集まったメンバーの語りが面白い。
本に触発されて、各自が自分のことを語り出す。
へー、この人はこんなことを考えていたのかと、表面的に付き合っていただけでは見えてこなかったその人が見えてくる。

特に今いる参加者の方々の面々の個性が強烈で、超面白い。

今回は「死刑」という少々難しいテーマ。
みなさんがどういう思いでこの本を読んだのか聞くのが楽しみ。

じっくり話を聴き合いたいから、新しい募集はしないで、少人数の同じメンバーで続けていく予定。
回を重ねることで関係性や対等性や信頼関係を深めていけたらいいなという意図もありつつ。
私の思いつきにのってくれて、場づくりを一緒にやってくれている Iちゃんと、こっそりタイムラインに流しただけなのに関心をもって、重いテーマの本を読んで金曜日夜に来てくださる皆様にも感謝。

ウィッシュリスト

この三か月間、新月と満月の時に、自分のウィッシュリストを書くことをやっていた。

 

自分にはどんな願いがあり、その下にはどんなニーズがあるか。

その願いやニーズを満たすために、今どんな具体的な行動(小さな一歩)をとればいいか。

 

願いやニーズという「抽象」と、具体的アクションを行ったり来たりしながら、今の自分に何ができるかを考える。

もし、自分の行動を阻む不安や怖れがあるのなら、自己対話しながら、それに対する対策を考える。

 

贅沢な時間だった。

 

こういう生き方があるなんて、数年前まで知らなかった。

いつも、怖れや不安や孤独や虚無感に取り囲まれていて、それを何とかするのにいっぱいいっぱいで、自分の願いとかニーズなんて考えずに生きてきた。

 

そもそも、自分のニーズがあることも気付かなかったし、それを充たしていいとか、それを充たす力が自分にあるとか、そんなことを考えずに生きてきた。

 

自分で自分を幸せにすることができる。

人間はもっと自由なんだ。

 

それをもっと伝えていきたい。

もし自分が神だったら

もし自分が神だったら、この地上にどんな世界を創りたいか。

そこから想像してみるといいのかもしれない。

あらゆる条件をとっぱらって。

 

誰かの作った世界の中でサバイバルしていると思うから、

そこに居場所を見つけようとしてわけがわからなくなるのであって、

自分が神で

自分がこの世界を自由に創造できるとしたらどうだろう。

 

まったく視点が違ってくる。

 

 

自分が創造したい世界から、その延長線上で、小さな一歩を踏み出すこと。

それは、

自分の靴を磨くことかもしれないし、

ずっと気になっていた場所に旅行することかもしれないし、

欲しかった服を買うことかもしれない。

誰かに一言「ごめん」もしくは「好きだ」と言うことかもしれない。

 

ものすごく遠くに見える、

自分が創りたい世界は

 

あまりにも小さく見えるこの「一歩」から始まるのだ。

 

自分が創りたい世界とのつながりの中で

日々の日常の中の小さな一歩を心を込めて行うこと。

 

それが自分の命を美しく輝かせる。

 

そうやって生きていると、

人のことなんかどうでもよくなってくるし、

 

承認や

サバイバルだけのために生きる道から

外に出ることができる。