なないろのあめ

七色の魔法の杖を持って、この世界に花を咲かせよう。歓びの歌を響かせよう。

「力」にフォーカスして話を聴く

先日、話を聴くショート講座みたいなのに参加させていただいた。

 

こういう講座に出なくなって久しいが、関心をもった方がいて、この方はどういうふうに人の話を聴いているのだろうと知りたくて。

 

その方は、その人のニーズはなんだろうと思いながら話を聞いているのだと。
自分自身との対話でも、ニーズはなんだろうと思いながら対話する。


言葉やニュアンスは違うかもしれないけど、そんな感じ。

 

 

なるほど。

 

 


家に帰ってから、自分はどうやって話を聴いているんだろうと考えてみた。
(人の話を聴くことをもう十年以上もやっているので)

 

私は、目の前にいる人の「力」にフォーカスして話を聴いているのだとわかった。


つまり、目の前にいる人は神であり、創造者であり、また自分と対等な存在であると思って話を聴いているのだ。
(神という言葉はメタファーですが)

 

そうやって聴いていると、目の前の人はどんどん本当の力を思い出していく。
私が想像もしなかったやり方で。

 

 

この聴き方は誰かから教わったものではない。


セラピーだとか聴き方だとかではない、いろいろな学びをする中で自分が腑に落ちたことを、「聴く」ことに応用した自分独自のやり方で、こういう聴き方をしているのはもしかしたら自分以外にはいないかもしれない。
(結果として似たようなことをしている人はいるかもしれないけど)

 

 

自分も相手も神だと思っているから
(何度も言うけど神はメタファー)
対等だから
思ったことを結構なんでも言う。
善悪優劣の価値観をはずしているし、その人の力を信じているから。
でも、その場での主役が相手だということは絶対に忘れない。
自分の価値観を押し付けて、その人の力を奪ってしまわないことをいつも意識している。


(一対一で聴いている時は。場を作っている時はなるべく何も言わない。でもその時も、場や一人一人の力には意識を向けている)

 

 

いろんなセラピストやファシリテーターやいろいろな人と会い、違和感や嫌な思いを死ぬほどいっぱいして、自分はこういう聴き方をしてほしかったというのを自分で形にしてやっているともいえる。

 

 

だから
ニーズにフォーカスするというやり方は
自分の聴き方とは違っていて面白かった。

もう少し深めてみるかも。